詩編119編 135節 御顔の光をあなたの僕の上に輝かせてください。 あなたの掟を教えてください。

詩編119編 129-136節135節 御顔の光をあなたの僕の上に輝かせてください。 あなたの掟を教えてください。 バビロン捕囚  詩編119編は詩編最長です。詩人による主への祈りで、人は律法に従って生きるべきだと歌います。作成時期は紀元前6世紀バビロン捕囚のころかその後とされています。紀元前586年、ユダ王国の首都エルサレムが新バビロニアのネブカドネザル王によって征服され、住民のヘブライ人は、囚われの身となってバビロンに連行され、約50年の捕囚生活の後、新バビロニアがアケメネス朝ペルシアのキュロス2世によって滅ぼされた前538年に解放されてパレスチナの地に戻ることが許されたというのが、歴史的なバビロン捕囚の説明です。この民族的苦難を契機としてユダヤ人としての民族意識を高め、ユダヤ教という民族宗教の体系ができました。国が破れたとき、その民族が崇拝する神は求心力を失い消滅するか、征服国の神を…

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詩編92編13節 神に従う人はなつめやしのように茂り レバノン杉のようにそびえます。

詩編92編1-16節13節 神に従う人はなつめやしのように茂り レバノン杉のようにそびえます。 92編は人生の晩年を迎えた詩人が自らの人生を振り返り主に感謝を捧げた賛美の歌です。神の力を知らない人の人生と比較して、自分の人生がいかに充実しているかを語ります。信仰者なら気が沈んだ時に読むと朗らかな気分になるかもしれません。13節の「なつめやし」は高さ30m「レバノン杉」は高さ30-50mになります。それぞれ、威厳、繁栄、勝利の象徴です。作者の満足感が伝わってきますね。 なつめやし レバノン杉

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詩編72編 12節 王が助けを求めて叫ぶ乏しい人を 助けるもののない貧しい人を救いますように。

詩編72編1-14節 12節 王が助けを求めて叫ぶ乏しい人を 助けるもののない貧しい人を救いますように。  理想的な王として描かれるダビデ、ソロモン王朝においても、格差や搾取は存在していました。この詩で描かれている民が求める王はメシア的王でした。その治世の特徴は、「貧しい者たち」、「極貧の者たち」に対して、義をもって、公平に統治することでした。人の統治機構の理想は未だ見つかっていません。原始共産制、共和制、帝政、政教一致、王政、民主政、自由主義、資本主義、社会主義、様々な挑戦が行われて来ました。そのどれにおいても、格差や貧困が発生し、修復は困難でした。民衆は民の叫びを聞き入れてくれる為政者が現れてくれることを必死に祈ることくらいしかできません。この祈りや叫びは現代にも共通の課題です。

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詩編24編 1節 地とそこに満ちるもの 世界とそこに住むものは、主のもの。

詩編24編1-10節 1節 地とそこに満ちるもの 世界とそこに住むものは、主のもの。  詩編24編は3つの構成に分かれる。1-2節は「天地を創造した神への賛美」、3-6節は「エルサレム神殿への入城に際して祭司と巡礼者との問答」、7-10節は「民と共に神殿へと入っていく栄光の神への賛美」である。特に、1節は、世界が神のものであるということを示し、そこに住む人間や生物も神のものであるということを歌っています。神が作ったというのは創造の基本ではあります。しかし、人は神が創造した世界に満ちる他生命を含め資源を私たちの所有物として好き勝手していないかという問いを投げかけられる始まり部分です。

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詩編23編 6節 命のある限り 恵みと慈しみはいつもわたしを追う。主の家にわたしは帰り 生涯、そこにとどまるであろう。

詩編23編1-6節 6節 命のある限り 恵みと慈しみはいつもわたしを追う。    主の家にわたしは帰り 生涯、そこにとどまるであろう。  神の導きを「羊飼い」の表象に込めて表現しています。この詩編の作者は自分が属する信仰共同体、つまりイスラエルの民のこの信仰を自分の信仰の歩みにおいても体験し、それをこの詩編に込めています。この詩編作者はその信仰の人生をとおして見えた神を歌っています。特に、6節は、信仰の喜びに満ちた部分です。命のある限り、恵みと慈しみが私に追ってくるという信頼とその終わり主の家に帰るときまでも恵みと慈しみとどまることができるという信頼です。最後の瞬間にまでいつも私に恵みと慈しみを与えてくれると高らかに歌う見事な詩です。(私は詩を滅多に褒めませんがこの詩は本当に見事です)

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