
2025年5月16日、政府は年金制度改革に関する関連法案を閣議決定し、国会へ提出した。法案の最大の柱は、いわゆる「年収106万円の壁」と呼ばれる厚生年金加入要件の撤廃であり、パートタイム労働者を中心に200万人超の新規加入が見込まれる。今国会での成立が目指されている。
年金改革の主な内容
本法案では、賃金要件だけでなく、従業員51人以上という企業規模要件も段階的に撤廃され、2027年10月から緩和、10年後には完全撤廃される方針が明記された。厚生年金の適用拡大により生じる保険料負担を軽減するため、企業側の保険料負担を3年間拡充し、その全額を国が支援する仕組みも創設される。
一方、厚生年金積立金を活用した基礎年金底上げ措置は、自民党内から給付水準低下や国庫負担増大を懸念する声が強く、法案から除外された。この判断を巡り、今後の審議で野党側が修正を求める構図が明確となっている。
法案審議と調整の経緯
政府は当初、2025年3月の国会提出を目指していたが、基礎年金を巡る調整難航により大幅な遅延が発生した。直近の年金財政検証では、経済状況が現状並みで推移した場合、2057年度には基礎年金給付水準が現行比約3割低下するリスクが示されたが、現時点での積極的対応は見送られた。
20日には本会議での趣旨説明と質疑が予定されており、就職氷河期世代への対応や基礎年金の将来像が重要な論点となる見通しである。
主な見直しポイント
- 個人事業所の厚生年金適用拡大
2029年10月以降、5人以上の従業員を有する新設個人事業所は全業種で加入義務化。既存事業所は当面任意加入。 - 標準報酬月額の上限引き上げ
2027年9月以降、厚生年金の標準報酬月額上限を65万円から段階的に75万円へ。最高水準では月約9,000円の負担増となる。 - 在職老齢年金の減額基準見直し
65歳以上の在職者の年金減額基準を10万円超引き上げ、62万円とすることで高齢者就労を促進。 - 遺族厚生年金の男女差解消
男女間の受給要件差を是正。2028年4月から20年かけて移行、最長65歳まで受給可能な柔軟な仕組みに転換。 - 子への加算額見直し
2028年4月から18歳以下の子への年金加算を一律28万1,700円へ。配偶者加算は引き下げ。 - iDeCoの加入年齢上限引き上げ
法律公布から3年以内に、個人型確定拠出年金「iDeCo」の加入上限年齢を70歳未満まで引き上げる。
政党・専門家の見解
与野党・各党の反応
与党は適用拡大や高齢者の働く意欲促進を評価する一方、野党は基礎年金底上げの見送りや、就職氷河期世代の救済措置の具体性不足を問題視し、修正や追加対応を強く求めている。
専門家Q&A:制度見直しの社会的意義
慶應義塾大学の駒村康平教授は、賃金要件撤廃によるカバー範囲拡大を高く評価。「短時間労働者が厚生年金に加入しやすくなることは、老後の生活設計の充実につながる」と指摘する。また、高齢者の就労意欲を損なわない在職老齢年金制度の見直しも、時代の流れに即した一歩と評価されている。
一方で、基礎年金水準が3割下落するリスクには強い懸念を示し、「特に就職氷河期世代の生活や社会全体の安定性に大きな影響を及ぼす」と指摘。制度改革の議論は、社会全体の持続可能性と安定性の観点から、今後も継続的な検証と修正が不可欠である。