人から人へ情報が拡散する技術が急発展する一方で、真実を知り、伝える自由が深刻に脅かされている。そんな現状のもとで、「報道の自由」の価値を再認識する機会としたい。
今年のノーベル平和賞が、フィリピンとロシアでの報道に取り組む2人に決まった。
逆境に直面する民主主義と報道の自由のために働くすべての記者らに向けたものと、ノーベル委員会は強調した。「知る権利」を追い求める活動を強く支持し、力づけるメッセージとして受け止めるべきだろう。
選ばれたマリア・レッサさんとドミトリー・ムラトフさんはともに、自国の政権を厳しく報じてきた。SNSなどでの虚偽情報による世論操作を暴いたり、殺害行為を含む公権力の乱用を追及したり、果敢な報道を貫いた。
いまの世界を見渡せば、強権政治と報道活動との緊張や対立は、この国々にとどまらない。記者やメディア関係者が拘束され、あるいは命を奪われるケースが続発している。
国際NGOによると、昨年末の時点で拘束されていた記者は274人。今年に入って18人の記者が殺害されたという。香港では中国に批判的だった新聞が廃刊に追い込まれた。
こうした抑圧は、これまで民主国家とされてきた国々でも起きている。地中海の島国マルタで4年前、政権の疑惑を追及していた記者が殺害されたのは、その一例だ。
「真実」に対する市民の信頼が揺らいでいることも懸念される。ネット上には真偽不明な情報があふれている。その現状を政権が利用し、「反フェイク」を名目に報道弾圧を試みるケースもあとを絶たない。
米国では、前大統領が意に沿わぬメディアを「民衆の敵」と非難した。さらには、根拠も示さぬまま選挙の不正を訴えるなど、指導者自らが真実を曲げる事態が生まれた。
為政者が事実を語らず、不都合な報道を封じる社会に、健全な民主主義はありえない。それは、日本を含む各国の指導者が改めて認識すべきである。
国際組織「国境なき記者団」による報道の自由度調査によると、日本は今年、世界180カ国・地域のなかで67位とされた。政権批判を「反日」と攻撃・中傷する危険な風潮は変わっていない。
もちろん一方で、報道機関が権力に付き従い、国全体が誤った道に進んだ歴史の反省も忘れてはなるまい。権力におもねらず、公正で正確な報道を積み重ねる。朝日新聞を含むメディアは、その使命と責任を肝に銘じておきたい。
・参照
『朝日新聞』2021年10月09日 朝刊