1-1. 初めに
文部科学省は、外国語教育は、言語活動を通したコミュニケーションそして生徒を中心とした授業展開を行うことを重視するようにと提案している。さらに、英語活動に自信がないことが、現在日本人が英語活動や世界との関わりに消極的である状況を生み出していると指摘し、生徒が主体的に英語を使いコミュニケーションをとれるような、授業を展開するように求めている。[1] また、指定教科書の著者である白井 恭弘は、「英語は言語であり、世界の人々とつながる重要なコミュニケーションの道具である。……インターネットの発達や、経済の相互依存により、全ての日本人が英語で外国の人とコミュニケーションをとれる、またとるべき時代が来ている」[2]と指摘している。
このような状況において、日本の英語教育・英語授業改善に必要なことは、アウトプットの充実、特に、日常のコミュニケーションや活動と結びついた言語活動の充実であると考える。その理由は「日本人の学習者は動機づけが高いにも関わらず、英語ができるようにはならないのは、必ずしも学習行動に結びつていない。理由の1つにどうやって効果的な学習行動に結びつけたらいいか、そのやり方が分からない」[3]であると白井 恭弘は指摘している。この理由について、私も賛同する。自身の英語学習動機づけが低下した時期が存在するが、その起点となったことは、学習のやり方が分からず行き詰まったことにある。そして、白井 恭弘は「第二言語習得(SLA: Second Language Acquisition)の動機づけ研究から学習者の動機づけを高めると同時に、その高まった動機づけが、行動につながるようにしていくことが重要だ」[4]と結論づける。統合的とか道具的とか、比較的安定した動機づけだけではなく、どのようなタスクだったら動機づけが高まるか、学習活動に関連したものを見ていく必要がある。面白い学習活動ならば学習者はやろうとする、つまらない活動をさせてもやる気につながらない、漠然とした動機づけをいかに具体化して学習活動に結びつけて行くかが、教員の重要な役割である。その活動の一例として、タスク中心学習(task-based learning : TBL)を取り上げたいと考える。
1-2. タスク中心学習とは
1970年代、認知的アプローチ(cognitive approaches)がSLA研究の発展に大きく貢献した。その考え方の1つに情報処理理論(information-processing theory)がある。教師からのインプットがあり。インプットに対して生徒が注意を向けた対象に気づき(noticing)が起こり、理解(comprehension)が伴い記憶に残りやすくなる。この段階が内在化(intake)である。そして生徒がすでに持っている第二言語知識に内在化された知識が統合(integration )されることで、アウトプット(output)ができる準備が整うのである。
この情報処理理論からM.ロングはインタラクション仮説(Interaction Hypothesis)を発展させた。自身の現在のレベルを超える(i+2)話しかけに対し、意味を尋ねインプット可能レベル(i+1)に調節する意味交渉(negotiation for meaning)などのインタラクション(相互作用、言葉のやり取り)によって、理解可能なインプットは効果的得られると考えたのである。
さらに、スウェインは第二言語習得にはスピーキングやライティングなどのアウトプットが不可欠であるとアウトプット仮説(Output Hypothesis)を提唱した。アウトプットによって、文法的側面にも注目し、意味と言語形式の両面に注意を向けた第二言語習得が可能になるというのである。
タスク中心学習は、文法理解を重視した伝統的な外国語教授法を批判し、実践的なコミュニケーション能力の習得を目指すアプローチとして生まれた。コミュニカティブ・ランゲージ・ティーチング(CLT: Communicative Language Teaching )という、様々な特徴や理念を包括したアプローチに属している。アウトプットを重視した学習であると言える。タスクとは「求められていることを完了されるために、学習者に外国語を使用することを要求活動」と定義される。タスク中心学習(TBL)では、学習者に学ぶべき言語構造ではなく、解決しなくてはならに課題や完了すべきタスクが与えられる。具体的には、N. Prabhu(1987)はインド南部の自分の生徒に「列車の時刻表の情報を見つける」というタスクをさせた。生徒はタスクをやり遂げるまで、英語で質問したり答えたりすることにより現在形を学習した。このタスク学習は、自身が中学生だったときに、ALTを福岡の街を英語で案内する授業が行われた事と類似している。この授業は、私が英語の授業の中で、エピソード記憶[5]として今でも思い出す内容である。
2-1. タスク中心学習の長所
長所は、第一に、学習者にとって楽しいことである。さらに、第二言語コミュニケーションにおけるメッセージの伝達を重視し、教師と児童生徒および児童生徒同士の第二言語によるやり取りと積極的に取り入れている点も長所である。これは、現在必要とされる、国際的な対人コミュニケーション力を向上させることにつながると考えられる。他には、誤りから学び、自身の頭で創造的に考えアウトプットすることにより、暗記による限定的な言語使用から間違いを伴った創造的な言語使用に移行し柔軟な言語使用が可能になることも挙げられる。他にアウトプットの長所として、言えなかったことなど自身の穴に気づきそれが記憶に残りやすいことである。自分が知識として持っている情報(中間言語)に基づいた仮説が正しいかどうかアウトプット時にも確かめられる。冠詞や文法など「統語処理」(syntactic processing)が促進される。
2-2. 動機づけは強いゲームを活用したタスク中心学習とその限界
自身の趣味や興味を論じてよいなら、歴史シミュレーションゲーム「Civilization」や街建設経営ゲームの「SimCity」「Cities: Skylines」の英語版をタスクとして、自身の想像の限りをつくしゲームを攻略または理想の街を作るために、英語を学び活用する、というようなタスク中心授業を考える。ゲームであるから売れるように面白くなるように作られている。動機づけには最適である。私の英語学習モチベーションの根源でもある。北米で作られ日本語翻訳がされない最新シュミレーションゲームを遊びたいから英語を学んだのである。ゲームの授業活用は、少ないながら存在していた。歴史シミュレーションゲームについては、北米の高等学校において授業活用例[6]があり、街建設経営ゲームについては宮崎県立小林秀峰高校においての授業活用例がある[7]。また、塾講師をしていたときに、ある男学生がFPS(First Person Shooter)を遊ぶためにオンライン上での共通語である、英語を学びたいと熱心に学習し実用英語技能検定も取得した事例もある。また、ある女学生は「どうぶつの森」(動物と会話しながら触れ合うゲーム)を英語版で行い、動物と仲良くなるために英語の会話文を覚えた。私もこのゲームを遊んでいるが、中学生の会話文を学ぶのにレベルがちょうどよいと思う。
ただし、上記した授業や学習については、インプットに重きを置くような内容となっている。第二言語をひらすらゲームを通して継続的に自分の中に取り入れる。問題としては、質が担保されているかである。理解可能性については、ゲームの内容による「どうぶつの森」など会話を中心とするゲームは中学生が理解な語彙である。逆に歴史シミュレーションゲームなどは説明が長文でAutocracy(独裁政治)やNiter (硝石)など普段目にしない語彙が登場する。
真正性については、元々アメリカのゲームや日本から全世界に売るために母語話者が翻訳テストプレイした内容であるから担保される。音声のインプットに関しては、英語音声が多数入っているため可能である。インタラクション(interaction)については、小林秀峰高校の街づくりゲームの英語授業においてはお互いの意思疎通のために「意味交渉」(negotiation of meaning)が生じる可能性がある。また、班ごとに街づくりのコンセプトが与えられ、それを市長に発表する内容であるため「開かれたタスク」(open-end task)が可能である。しかし、インプット、インタラクション、アウトプットが全て完全に満たされた教材を発見することができなかった。また、外国語の授業として、行うことは準備時間を考えても不可能である。ゲームは商業的に成功するため作られているため、児童生徒にとって面白く動機づけとしては良いと思う。しかし、授業として扱うには、内容の偏りも大きく難しいと思った。「英語物語」という、自動的にプレイヤーの学習状況に応じレベル変動し、文法学習もでき、小学生英語から大学生向け語彙、そして、英語音声などを備えた、英語学習ゲームも登場している。授業に使える第二言語学習ゲームが開発される日も近いのではないかと期待している。
2-3. タスク中心学習の短所
短所は、2タスク(ゲーム)、そのものに時間が取られ、言語学習に振り当てられる時間が減ることである。次に、生徒が誤った発話をしていても、誤りに気づかせるフィードバックがなされず、そのまま、誤った表現を覚えてしまうことになりかねないという短所がある。これに関連して、複雑さが増すに従い正確性が低下することも挙げられる。複雑な文構成が必要なとなる内容を扱うと生徒はシンプルな構造の文を使い続けたり、間違いを多く含んだ英語を使い続けたりする可能性があるのである。このトレードオフの関係は、流暢さと言語形式の正確さも同様の短所として存在する。流暢に話そうとすると言語形式が疎かになり、間違い多く含む発話になったり、文が完成していなかったりするのである。
2-4. タスク中心学習の短所を減らす授業をするために
タスク中心学習の短所から、タスクにおいて文法や表現について知らないまま、タスクに取り組むことは不可能であると考える。そこで、タスクに取り組む前に、英語検定教科書の題材内容を重視した、内容中心授業を行い、その中で文法・語彙の習得をきちんと指導する必要がある。また、タスクに取り組むときに、生徒に十分な考える時間と発話するためのリハーサル時間を提供することによって、短所である、流暢さと言語形式の正確性や複雑さと正確性などトレードオフの関係が改善される。
2-5. 検定教科書を活用したタスク中心学習
結局、インプット、インタラクション、アウトプットこれを全て満たせそうな教材は検定教科書が最適であると思い、『NEW CROWN 2』Lesson4 Enjoy Sushi のUSE Readにおいて、英語で書かれたレシピにそって、飾り巻き寿司を作るというタスクを家庭科と教科連携的に授業をできないかと検討したい。
タスク中心学習を成功させるためには、教師は学習者のタスク活動を行うのに不足点をあらかじめ把握し、役に立つタスクを設定し、学習者相互でコミュニケーション活動が行えるよう配慮する必要がある。①英語で言いたい内容はあるが適切な単語や表現が思いつかない学習者が今不足している要請、②近い将来訪問先の英語圏の人と会話をする際に必要とする要請、③コミュニケーションを図るのに必要な基礎的な英語の文法力の不足の要請である。
教科書の場合、日本の食文化について関心を高める。There is~.や動名詞を理解し使う。寿司の説明文を読む。相手の言ったことを確認し、会話を広げるという目標設定がなされたおり、この全ての要請を、満たすものとなっている。
USE Readの前までに、GETによってThere is ~.と動名詞の内容そして、寿司に対する興味が高まるような構成がなされている。ここの授業を丁寧に行い、学習者が文法事項や語彙について理解できてからUSE Readにつなげたい。
次にタスク活動を実施する際には、タスクの前後に活動を入れ、タスク活動を効果的に行う必要がある。学習者が、Pre-task(事前課題)、Task(課題)、Post-task(事後課題)を行う。
Pre-taskとしてPre-Reading(読む準備)とIn-Reading (本文の内容理解)を行う。Pre-Readingとして、飾り寿司の背景知識や材料名などレシピを読む目的を与える。目的は家庭科において、飾り寿司を作ることである。次にIn-Reading として、概要や要点を把握させたり、細かい点を理解させたりする。
Task活動として、家庭科と協力し、レシピを英語かつその調理時間の会話を英語で行うように指示し、ALTと協力し机間指導を積極的に行い、生徒のインタラクション活動を促進させ、また、短所である、文法や表現の誤りを指導してゆく。
Post-task 、Post-Reading として読んだレシピ内容や調理において使った表現をふりかえり。タスク活動において自身がどのような文や単語を使ったのかをワークシートに書かせる。
日常に必要なタスクである、レシピを読み、調理を実際にするというタスクを通して英語を学ぶことにより、インプット、インタラクション、アウトプットを一通り満たす学習ができると考える。
3. 結論
第二言語習得の研究の成果を全て満たし、面白く動機づけにも優れた教材が見つからない。ゲームを用いたタスク中心学習に活路を見出そうと思ったが、授業に活用するには準備時間が足りず、教材としても偏りがある。検定教科書については、完璧に近い構成であるが、教科書の問題をそのまま使うとやらされている感じがありつまらない。第二言語習得のための最適な方策があれば知りたいと思う。また、教師は第二言語習得の研究成果を活かせるよう、生徒を見ながら授業を考える努力を続ける必要がある。
参考文献
川﨑伊織 (2016)『脳科学辞典』京都大学大学院医学研究科
岡田圭子, ブレンダ・ハヤシ, 嶋林昭治, 江原美明 (2015)『基礎から学ぶ英語科教育法』松柏社
酒井 英樹, 廣森 友, 吉田 達弘(2018)『「学ぶ・教える・考える」ための実践的英語科教育法』大修館書店
白井 恭弘 (2012)『英語教師のための第二言語習得論入門』大修館書店
根岸雅史ほか(2015)『NEW CROWN② ENGLISH SERIES New Edition』三省堂
廣森 友人 (2015)『英語学習のメカニズム –第二言語習得研究にもとづく効果的な勉強法』大修館書店
村野井 仁 (2006)『第二言語習得研究から見た効果的な英語学習法・指導法』大修館書店
朝日新聞
[1] 文部科学省「第1弾【日本の外国語教育はこう変わる!】
吉田研作 上智大学教授×金城太一 外国語教育推進室長(対談方式)」<https://youtu.be/ZTx9qC80nIA>
[2] 白井 恭弘 (2012)『英語教師のための第二言語習得論入門』大修館書店, p.71
[3] 白井 恭弘 (2012)『英語教師のための第二言語習得論入門』大修館書店, p.23(参照)
[4] 白井 恭弘 (2012)『英語教師のための第二言語習得論入門』大修館書店, p.23(参照)
[5] 長期記憶のうち、個人的経験に基づくもの。個人が体験した日々の出来事の記憶であり、時間や場所、および感情を伴ったものとして記憶される。意味記憶(言葉の意味や知識、概念に関する記憶。「1年は12か月である」といった知識や情報の記憶)に対比される。川﨑伊織 (2016)『脳科学辞典』
[6] Take-Two Interactive Software, Inc., 2K and Firaxis Games Partner with GlassLab Inc., to Bring CivilizationEDU to High Schools Throughout North America in 2017, https://ir.take2games.com/static-files/0c1059d2-c0d3-4771-a99f-539366dcf474
[7] 朝日新聞, 2018年10月31日, 朝刊, 宮崎全県1地方「高校生「市長」、ゲームで街づくり 小林市×アプリ、小林秀峰高で授業 /宮崎県」