シリコンバレーのリーダーたちの間で、ポール・グレアムによる新しいエッセイ『ファウンダーモード』が大きな議論を呼んでいる。このエッセイは、企業経営においてリーダーがどの程度まで仕事を従業員に委任するべきか、それとも経営者自らが従業員の仕事に直接関与すべきかについて、新たな視点を提供している。特に、「ファウンダーモード」という考え方が、伝統的なマネジメントスタイルに対してどのように異議を唱え、シリコンバレーにおける企業の経営手法に再考を促しているかが注目されている。
「ファウンダーモード」とは?
グレアムのエッセイは、AirbnbのCEO、ブライアン・チェスキーが2024年8月に行った講演をきっかけに執筆されたものだ。チェスキーは講演の中で、自社を含む多くの大企業が、マニュアル通りの委任中心の管理スタイルを採用することで苦戦している理由を指摘した。これを受けて、グレアムは従来のマネジメントアプローチを「マネージャーモード(管理者モード)」と呼び、それに対する代替案として「ファウンダーモード(起業家モード)」を提案している。このファウンダーモードは、スティーブ・ジョブズがAppleを運営していた際のスタイルに似ているとされ、企業のリーダーがより直接的に会社のあらゆるレベルに関与することを促すものだ。
シリコンバレーでは、スタートアップが規模を拡大する際には、通常マネージャーモードに切り替える必要があると考えられている。しかし、グレアムは、多くの起業家がこのスタイルで失敗し、それから脱却しようとする過程を観察することで、別のマネジメント手法が必要であると主張している。
マネージャーモードとファウンダーモードの違い
グレアムによれば、マネージャーモードは、従業員に仕事を委任し、その後の進行に関与しないスタイルである。具体的には「優秀な人材を採用し、彼らに仕事を任せる」とされ、従来の企業経営において広く採用されている手法だ。一方、ファウンダーモードでは、経営者が会社のあらゆる階層に直接的に関わり、より深く関与することが求められる。グレアムは、具体的な例として、経営者が直属の部下だけでなく、それ以外の従業員とも会う「スキップレベルミーティング」を増やすことや、社内リトリートを行う際には職位が高い人ではなく「重要な従業員」を対象にすることを挙げている。
ただし、グレアム自身も、2000人規模の企業を20人規模の時と同じように運営し続けることは不可能であり、ある程度の権限委譲は必要だと認めている。また、無能なマネージャーがファウンダーモードを言い訳にしてマイクロマネジメントに走る危険性があることにも触れつつ、それでもファウンダーモードの方が効果的だと主張している。
起業家の本質とマネージャーの限界
グレアムのエッセイは、起業家とマネージャーの役割の違いについても言及している。起業家は企業を創業し、その成長に情熱を注ぐ一方で、マネージャーは組織の運営を管理する役割を果たす。起業家にはできることがあり、それは彼らの本質に合致しているが、マネージャーにはそれができないとグレアムは述べている。そして、起業家が自らの感覚に反してマネージャーモードに切り替えることは、企業にとって重大なミスとなる可能性があると警告している。
「ファウンダーモード」を巡るジェンダー問題
グレアムのエッセイは、経営手法に関する議論を巻き起こすだけでなく、ジェンダーに関する問題にも波及している。特に、女性起業家がファウンダーモードを採用する際に、男性起業家とは異なる扱いを受けるという指摘が出ている。Winnieというスタートアップの共同設立者兼CEOであるサラ・マウスコフは、過去に女性起業家たちがファウンダーモードを試みた際、全員が批判された経験をTwitterでシェアした。これに対し、エッセイのきっかけとなったAirbnbのチェスキーも彼女の意見に同意し、24時間以内に多くの女性起業家から連絡を受けたことを明かしている。彼女たちは、男性起業家と同じようにファウンダーモードで経営することができないと感じており、チェスキーはこの現状を変える必要があると訴えている。
経営手法の再考を促すエッセイ
グレアムの『ファウンダーモード』は、シリコンバレーだけでなく、ビジネス全般においてリーダーがどのように権限を委譲し、どのように実務に関与すべきかについて再考を促している。リーダーが自らの役割をどのように定義し、組織の成長をどのように導くかは、企業の成功に直結する問題である。従来のマネージャーモードとファウンダーモードのどちらがより効果的かは、企業の規模や業界によって異なるかもしれないが、グレアムのエッセイは、リーダーシップにおける新たな視点を提供している。
この議論は今後も続き、企業経営におけるリーダーの役割がどのように進化していくのかが注目されるだろう。