時代思潮
シェイクスピアの時代 -16世紀の文学-を取り上げる。この時代は近代国家が成立したであった。チュダー朝の始祖ヘンリー7世(Henry 7, 1457-1509)は戦争によって弱体化した封建貴族の力を奪い、中央集権的国家統治を確立した。また、羊毛生産や織物貿易などにより中世ギルドは壊滅し、貨幣経済が発展した。
絶対君主として父から権力と財力をヘンリー8世(Henry 8, 1491-1547)は引き継いだ。ヘンリー8世は離婚、再婚や政治権力の問題からローマカトリック教会と袂を分かち、国王自身が首長となる英国国教会(the Church of England)を創立した。さらに、カトリック教会の修道院私有地を没収し、新興ブルジョワ階級に廉価で与え、ブルジョワ階級の資本蓄積を助けた。
さらに、1517年にはドイツにおいてルターによる宗教改革が始まる時代でもある。
近代国家と貨幣経済の発展によって、経済格差が広がるようになった時代とも言える。また、英国のローマカトリック離脱を含め、ローマカトリック教会のヨーロッパ支配が弱体化しはじめた時代でもある。
代表作家
トマス・モア(Thomas More, 1478-1535)は16世紀前半に活躍した代表的作家の一人である。1478年、判事の息子としてロンドンに生まれた。1492年オックスフォード大学入学、イギリス初期の人文主義教育を受けた。しかし卒業はせずに、法学院に移り法曹界に入った。しかし、余暇は文学研究を行った。ギリシア語、ラテン語に精通し、オランダ人のフマニスト(人文主義者)エラスムス(Desiderius Erasmus, 1466?-1536)の無二と友人となった。その後、弁護士、治安判事、下院議員、法学院の講師、ロンドンの副司政長官等を歴任し、ヘンリー8世の信任を得て、大法官の地位に就いた。しかし、国王の離婚問題のとき、彼はローマカトリック教会側の立場に立ち、離婚に反対し、反逆罪を問われロンドン塔に幽閉され、1535年に処刑された。400年後1935年ローマカトリック教会はトマス・モアを殉教者として聖者に列席した。
モアは現実の世界の状況を知って苦悩しながら、行政の立場から社会を改善するために尽力し続けた。さらに、彼は自己の人生と作品によって人間と社会についての一つの理想を示したと言える。この時代のフマニストがどのような理想に生きたのかを今の時代に伝える好例であると思う。
作品
トマス・モアの代表的な作品は『ユートピア』”Utopia”である。1516年に発表された。この作品は共産主義的な理想郷を描いたものである。ユートピアという架空の島にある国を題材とした物語である。登場人物の言葉を通して、その架空の国の政治、経済、社会、文化について紹介がされる。その架空の国は当時の現実のイギリスをはじめとしたヨーロッパ諸国に対しての批判として写し出される。モアはユーモアを交え、現実社会への風刺と理想世界の探求を試みた。背景には、貧富の差がはなはだしく貧しい人々が飢えに苦しむ当時のイギリスの現実があった。
モアが描いたユートピアでは、人は6時間しか働かず、余暇には教養を高めることに充てることができ、誰もが満ち足りた生活のできるものであった。また、16世紀当時進行した、新興地主による農地の囲い込みによって農民が土地を失い没落した(第一次エンクロージャー)を『ユートピア』において「羊が人間を喰う」[1]と批判したことは有名である。
モアはこの作品において、当時画期的である「自由」と「平等」について語るが、資本主義社会において私達が思う「自由」「平等」とは異なる。
ユートピア島では生活に困ることはない。有り余る生産物と共有制の下では全員が天寿を全うできる。そして、労働以外の残り時問は有益な知識の修得と休息のために使われ、より良い人格形成に資する。役人、司祭、科学者等、労働を免除される職業についても、その任務を果たせない場合は解任され、逆に努力をして成呆を上げた一般市民はこれらの特別職に就任できる。旅行については集団でという制約が付くものの原則自由である。また、病人は立派な病院で丁重に看護される。これらの「自由」は当時画期的的ではあるが制約が多く、資本主義的自由とは異なる。どちらかといえば共産主義的自由である。
また「平等」については、生産手段はもとより、消費財までも共有である。住宅も共有で、さしあたりの利用は各個人に割り当てられるが、10年ことに再配分される。
この現代人との価値観の差異であるが、モアのキリスト教カトリックの道徳観により、社会の秩序が組み立てられていることが推測される。個人的野望や虚栄心、富、名声を捨て去った生活態度、勤勉で悪の誘惑に乗らない強靭な精神力、価値観を守るための思想教育と生活習慣はキリスト教的「ユートピア」である。過酷な現実の是正に、キリスト教的思想を再度理想化している点に面白さを思う。
[1] ‘The increase of pasture,’ said I, ‘by which your sheep, which are naturally mild, and easily kept in order, may be said now to devour men and unpeople, not only villages, but towns;
参考文献
神山妙子 (1989)『はじめて学ぶ イギリス文学史』ミネルヴァ書房
川崎寿彦 (1986)『イギリス文学史入門』研究社
トマス・モア、平井正穂 訳 (1957) 『ユートピア』岩波書店
名古忠行 (2005)『イギリス人の国家観・自由観』丸善出版
日本イギリス哲学会 編 (2007)『イギリス哲学・思想事典』研究社