優良顧客ではない店舗に
抜き打ち訪問したがった理由
コカ・コーラの世界各地の事業所を訪問したときのことだ。現地のマネージャーに空港で出迎えられた後、コーラの販売が順調に軌道に乗っている顧客の元へ連れて行かれることが多かったという。確かに、自分が担当するエリアの動向を少しでもよく見せようと考えるマネージャーの心理は容易に予測できる。
しかし、キーオ氏はそうした優良顧客リストに入っていない店舗を抜き打ちで訪問したがった。ときには車を止めて目についた店舗に入ってみることもあったそうだ。
この行動で生まれ得る効果は「現場から生まれる本音を聞ける」。それこそ、彼が探していた貴重なサンプルだったのだろう。率直な意見を求め、一般の従業員とじっくり話すことも多かったというエピソードが物語っている。同じ問題点を何人もの従業員から聞くことで、その問題の重要性や詳細まで分かるのだ。
世辞や賞賛の言葉に溢れた上長の訪問は、ただのセレモニーに他ならない。一方、組織のトップに君臨する人は放っておくと都合のよい情報しか受け付けなくなる傾向にあり、その傾向は自分の部下たちにも伝播していく。
人間は知らず知らずに、自分にとって都合のいいように情報を脚色してしまうものだ。腹心の部下は、いつしか上司にとって都合のいい情報を長々と伝えるだけの存在になってしまう。
悪い情報が上がらず
「裸の王様」だったヒトラー
第2次世界大戦中、指導者による一極集中独裁体制を築いたアドルフ・ヒトラーは、ぎりぎりまで戦争に勝っていると思い込んでいた。その異様な事態を引き起こしたのが部下による報告だった。わが軍隊による快進撃が、リーダーの機嫌を保つのにつながると部下は確信していたのだ。
そうして順調に勝ち進んでいると思い込んでいたヒトラーがふと気づいた時には、万事休すの状態になっていたことは言うまでもない。
部下や同僚による事態の率直な伝達が持つ価値について、今昔問わず多くの人物が言及している。かつての偉人では、ヒトラーと同時代を生き、第2次世界大戦時に英国の首相を務めたウィンストン・チャーチル、現在の経営者ではユニクロやGUなどの衣料ブランドを傘下に持つファーストリテイリングの代表取締役会長兼社長の柳井正氏がその価値に気づいている。
特に世界に進出する一流企業の社長である柳井氏は、例えば新店舗のオープン時にも喜ぶ様子は見せない。商品レイアウトや陳列の状態について現場の人間にフィードバックを行いながら、問題点を直接ヒアリングしていることが、数々の個人ブログに記載された柳井正氏の目撃情報から確認できる。
企業のトップがマネージャーに任せきりにせず、店舗を見回り商品レイアウトに指示を出す。また、同時に困ったことや立ち行かないことに耳を傾ける。こうしたトップ自らの小さな積み重ねが現場の力となるのだろう。
この密なコミュニケーションが存在する限り、今でもアパレル業のトップクラスに君臨する企業は今後も衰えず成長すること間違いなしと思うばかりである。
競合店の一番の売りがすぐ分かる
視察に使えそうなテクニックとは?
自分にとって都合の悪いことでも、事実を受け入れなければ事態の把握もできないまま取り返しのつかないことになりかねない。もしあなたが優れた指導者やビジネスパーソンを目指しているのであれば、部下や同僚にありのままの事実を伝えるよう求めるべきだ。
さらに時には、自分の目で現場と数字を確認し、部下の報告と齟齬がないかをチェックする必要があるということだ。
本稿を書く上で資料を探していたら、面白いことを言っている人がいた。居酒屋の「塚田農場」などで知られるエー・ピーカンパニーの取締役企画本部長(当時)だった里見順子氏だ。
「繁盛している飲食店が欠かさないのが他店の視察だ。成功事例をうまく取り入れることで、店のレベルを高めることができる」「(スタッフが自分のことを)新規来店のお客様と分かれば、まず店の4番バッターである料理を推してくる。これは自店の強みを理解した、いい店だ」(日経MJ・2014年2月28日)のだという。
自分が初めて来店したことを伝えた上で、何がオススメであるかを尋ねる。こうするとスタッフが熟練した人であれば、お店の一番の売りが出てくる可能性が高いということなのだろう。
飲食店やレストランだけでなく、レジャーやショップなどでも競合視察に使えそうなテクニックだ。