「内界」「外界」と「環世界」
生物の種の情報処理研究が生物の相互関係を維持するしくみを理解するために重要である。複雑な行動を達成する情報処理能力は、地球上の生物たちの相互関係をより複雑にし、生物それぞれの種が独自の情報世界か確立したと考えられる。種独自の情報世界が強く環境と関係をもっている、これを「環世界」と言う。環世界は環境に依存するもののうち、生物に受容される範囲と情報処理によって生物の内界に形成される。
生殖行動などを通して、同種内で雄雌が情報交換をするようになりK-戦略者たちが子どもと親の関係を成立させ情報交換が行われるようになると、「食う食われる」のみの関係だった世界により複雑なコミュニケーション行動が成立するようになった。
複雑な行動を達成しうる個体の内部に情報世界が誕生した。情報世界は情報を受容し処理できる生物のみが自身の内部に形成できるものである。感覚器官や情報処理器が他種と異なっていたら、種特有の世界になることがある。生物が作る情報世界は、遺伝子がもとになって形成された個体が情報処理システムを使って作る世界であり、外界環境との相互関係によって形成されている。
環境は、生物の外界に存在する「すべてのもの」を言う。すべての外界が環境とは、生物と無機物が構成する世界との関連、ある生物と同種あるいは他種の生物が構成する世界も含む。環境に類似した言葉に、「環世界」がある。環世界は環境世界やUmweltなどと呼ばれる。環世界の中心概念は、動物や人といった主体(生物)が働きかけて客体(環境)に対する世界を構築するということである。
「感覚器官」「情報処理器」と「環世界」
環世界の基本的考え方は、感覚器官などで感じることができるものだけを感じることができ、情報処理系で知ろうとするものだけを知ると言うことである。感覚器官と情報処理器を備える生物はその個体ごとにより別の環世界を形成している。それらの環世界が生命進化に対して影響を及ぼしていると考えられる。
それぞれ生物種がもつ感覚器官と情報処理器によって形成されている環世界は環境と関わることで情報処理器に変化をもたらす。生物と環境との相互関係は偶然の出会いによって情報処理器に影響を与えている。種特有の遺伝子による直接支配による設計原理を超えたように見える多様な行動が発生する。
「遺伝的情報処理系」と「環世界」
環世界という考えは、遺伝子を中心とした種の個体という主体の中に作られた、内的な情報世界のことである。この環世界の仕組みを理解するためには、①種の設計原理、②設計原理の進化学的関連、③設計原理にもとづく行動と環境との関連、の3つを調べる必要がある。
①種の設計原理を調べるためには、これまでの生理的研究手法が有効である。形と機能がどのような関係をもっているか、神経系や内分泌系を調べて行動との関係を明らかにしていく。一つの種の設計原理を理解するためには、ただ一種の生物を生理的に調べるだけでは難しく、他種の設計原理と比較することが不可欠である。そのために比較生理学的な視点から、同じように環境に適応して機能を示す種間の比較を行う。
この比較生理学的な視点が有効な理由は②「設計原理の進化学的関連」の進化学的な理由は、②「設計原理の進化学的関連」の進化学的視点と関係をもっているからである。生理学的視点から種を比較する際には、進化系系統樹に基づいた分類学的視点が不可欠となる。系統樹の近い所にある種は、系統樹上の近くに共通の祖先をもち、系統樹の遠い所にある種は、共通の祖先が遠くになる。すると、遺伝子上の設計原理は、近縁種で近くなり、遠縁の種では大きく異なる可能性が出てくる。
それらを意識して比較することによって、③「設計原理にもとづく行動と環境との関連の行動」が見えてくる。カンブリア紀から始まるスピードをもった行動が、環境との関連でいかに決定されてきたかという視点である。近視眼的な現在だけの行動と環境との関連の解明はもちろん大切な研究手段であるが、その行動がいかに環境との関連をもっているかを知るためには②「設計原理の進化学的関連」を意識しながら、設計原理に遺伝子学的な制約を受けている個体が、どのような生存の工夫をしているのかという見方をしなくてはならない。
「適応的」「合目的的」行動と「環世界」
生物を観察する時、「適応的」「合目的的」という切口がある。生物の一側面を観察するには有効な方法であるが、生物の環世界などの生物が持つ性質を覗くときには邪魔になることがある。非適応、非目的的と思われる結果に対して観察者が実験の誤りであると解釈する可能性があるためである。現存種は生き残った種である見方をするとすべて「適応的」「合目的的」である。その中には多様な形質が存在し、その形質は必ずしも適応的でない事もある。ヒトは、昆虫が多く持つ紫外線受容器がないという設計上の制約があるが生存可能である。設計上の適応と制約の両観点から生物の行動を観察すると環世界の理解に近づける。
「環世界」と「文化」
環世界を超えた世界をある生物種の個体群は作っている。個体が死んでも伝承され一個体が持つ遺伝子の支配を超える世代を超えた世界であり、変化し成長を続ける永遠の命をもった生命体のようなものであり文化とよばれる。社会性行動を営む生物は文化を持つ可能性がある。
参考書籍
針山 孝彦『生き物たちの情報戦略―生存をかけた静かなる戦い』化学同人, 2007年